東京高等裁判所 昭和56年(ネ)1681号 判決 1982年5月20日
控訴人 小松由太郎
右訴訟代理人弁護士 石川幸吉
同 永井義人
右輔佐人弁理士 新関宏太郎
被控訴人 日本スタンダード・アソシエート株式会社
右代表者代表取締役 小野哲也
主文
原判決を取り消す。
被控訴人は、業として、別紙物件目録記載の濾過装置を製造し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡しのために展示してはならない。
被控訴人は、その本店その他の営業所又は工場において所有する前項記載の物件の完成品を廃棄せよ。
被控訴人は、控訴人に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する昭和五四年九月二〇日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判等
(一) 控訴人は、主文同旨の判決を求めた。
(二) 被控訴会社代表者は、公示送達による呼出を受けたが、当審各口頭弁論期日に出頭しない。
二 当事者の主張及び証拠関係
当事者双方の主張事実及び証拠の関係は、控訴人において次のとおり追加主張したほかは、原判決事実欄記載のとおり(ただし原判決四枚目表四行目の「3」を削り、同裏一〇行目に「目録」とある後に「(別紙物件目録をいう。以下同じ。)」と追加し、同一一枚目裏七行目に「製品販売」とあるのを「製造販売」と訂正する。)であるから、ここにこれを引用する。
「被告製品における油抜管⑪が本件実用新案にいう『最下位の濾室と連絡した透孔』にあたらないとしても、油抜管⑪は最下位の濾室と誘導管を連絡する通路を有しており、その通路は弁体によって開閉されない構成となっているから、本件実用新案における『最下位の濾室と連絡する透孔』と同一の作用効果を有しており、技術的構成も同一であるから技術的に均等である。したがって他の構成において本件実用新案と全く同一である被告製品は、本件実用新案の権利範囲に属するものである。」
理由
一 控訴人が本件実用新案権を有すること及び本件実用新案権の実用新案登録請求の範囲の記載が次のとおりであることについては、当事者間に争いがない。
「真空ポンプに連絡した誘導管を、液槽内の濾過室底板に縦設し、更にこの誘導管には、金網と濾紙からなる濾室を備えた濾体を複数段嵌合して定置し、しかもこの各濾室を、誘導管に穿った透孔と連絡させ、更に前記誘導管には、前記濾室と連絡した透孔の最下位を除いた上部の透孔を自由に開閉できるようにした弁体を設けた液体濾過機」
二 右争いのない実用新案登録請求の範囲の記載に本件実用新案公報の記載をあわせ考えれば、本件考案の構成要件は、次のとおりであると認められる。
(A) 真空ポンプに連絡した誘導管を、液槽内の濾過室底板に縦設していること。
(B) さらにこの誘導管には、金網と濾紙からなる濾室を備えた濾体を複数段嵌合して定置していること。
(C) この各濾室を誘導管に穿った透孔と連絡させていること。
(D) 前記誘導管には、前記濾室と連絡した透孔の最下位を除いた上部の透孔を自由に開閉できるようにした弁体を設けていること。
(E) 液体濾過機であること。
三 被告製品が別紙物件目録記載のとおりの構造を有することについては、当事者間に争いがない。
四 そして、右目録(とくにその(一)構造の説明及び添付図面)により、本件考案の構成要件に対応させて被告製品の構造を分説すれば、次のとおりとみることができる。
(A)' 誘導管⑦が、底板bを有する液体槽①内部の濾過室③内の中央部に縦設され、その下部が真空ポンプgに連絡されている。
(B)' この誘導管⑦には、下部一段、上部一段合計二段の濾体⑨が取り付けられ、濾体⑨は、濾過金網⑥と濾紙⑧の重合物で、上部の濾体⑨は、二枚の濾紙⑧の間に二枚の濾過金網⑥を介在させたもので、右二枚の濾紙の間に形成された濾室を有し、下部の濾体は、一枚の濾紙⑧の下に一枚の濾過金網⑥を置いたもので、右濾紙と凹部④の底板bとの間に形成された濾室を有する。
(C)' 上部濾体⑨の有する右濾室は誘導管⑦に穿った油抜孔と連絡しているが、下部濾体⑨の有する右濾室は、誘導管⑦の濾過室③内に縦設された部分に透孔で連絡されてはおらず、誘導管⑦の下部が濾過室③外に設けたバルブを通り真空ポンプgに向って延長されている部分に前記凹部④の片寄り位置に接続された油抜管⑪によって連絡されている。
(D)' 誘導管⑦に設けられた右バルブは、その開閉により、下部の濾室に連絡している油抜管⑪には影響しないが、上部の濾室と連絡している透孔からの液体の流入・制止をするものである。
(E)' 液体濾過機である。
五 そこで、被告製品と本件考案とを対比すると、被告製品は本件考案の対象とするものと液体濾過機である点で一致し、被告製品における前記(A)'及び(B)'の構造が、本件考案の前記構成要件(A)及び(B)を充足するものであることは明らかである。
ところが、被告製品における前記(C)'の構造は、下部濾体の濾室が誘導管に穿った透孔と連絡されていない点で本件考案における前記(C)の構成要件を充足するとはいえず、また、被告製品における前記(D)'の構造は、誘導管の最下位を除いた上部の透孔を自由に開閉できるようにした弁体を設けたとはいえない点で、本件考案における前記(D)の構成要件を充足するものとはいえない。
しかしながら、本件実用新案公報の記載、とくにその考案の詳細な説明の項における「本考案は濾過室内に多段に濾体を配装して、これを強力真空ポンプで吸引させ濾過効率を増大させることを第一の目的とし、更に第二の目的は、液体の量が減少した時に上部濾体と誘導管と通じた透孔からなる通路を開閉弁体を用いて閉じて吸引効果をよくして、液体が濾過室内に残留することなく最後の液体まで濾過できるようにしたものである。すなわち例えば上下二か所で吸引している時に上部の透孔が液面からあらわれて大気と通じた時には、その吸引力はほとんどなくなる。したがってこの透孔を閉じることによって完全に吸引できるようにしたものである。」との記載及び「本考案は上述のように濾体を濾過室内に順々に積重ねて定着させてあって、しかもこれを多段に設けるため、濾過面積は増大し濾過量を多くすることができるのであって、一つの濾過機で多くの液体を濾過でき効率がよくなる。又開閉弁体21を設けて、これを上部の透孔から自由に開閉するので液体を従来の濾過機と変りなく最後まで濾過できる等の特徴がある。」との記載によれば、本件考案は、濾体を多段に設け、その各濾室を誘導管を通じて真空ポンプに連絡することにより、濾過面積を増大し濾過量を多くして効率を良くすることを目的の一つとしたものであり、そのため前記(A)及び(B)の構成とともに(C)の構成をとったものであることが認められるところ、右目的の達成という観点から(C)の構成をみれば、これは各濾室と真空ポンプに連絡している誘導管とを誘導管に透孔を穿つことによって連絡させているにすぎず、右目的の達成のために右(C)の構成がそれ以外に何らかの特別な作用効果を有しているとみることはできないところ、被告製品における前記(C)'の構成も、各濾室を真空ポンプに連絡している誘導管に連絡する作用効果を有する点では本件考案における(C)の構成と同様であり、これが前記(A)'及び(B)'の構成(これらが本件考案の(A)及び(B)の要件を充足することは前記のとおりである。)と相まって、本件考案における前記濾過効率改良の目的と同一の目的を遂げるものであることも、その構成自体から明らかであり、また、右(C)'の構成は本件考案における(C)の構成から当業者であれば、当然想到しうる程度のものとみることができるから被告製品の下部濾体⑨に接する油抜管⑪の孔の部分(これも濾過された油を透過させるものであるから、透孔ということができる。)は、本件考案におけるように誘導管に穿設されたものではないけれども、被告製品における右(C)'の構成は、なお、本件考案における(C)の構成と均等というべきものである。
次に、本件考案における前記(D)の構成について考えるに、《証拠省略》によれば、本件考案は、液体の量が減少したときに、上部の濾体の濾室を通じて誘導管に空気が流入することを阻止し、もって、最下位の濾体を通じ最後の液体まで効率よく濾過できるようにすることもその第二の目的としているものであり、そのために前記(D)の構成を取ったものであると認められるところ、右第二の目的の達成という観点からみれば、右(D)の構成は、要するに、最下位を除いた上部の透孔を弁体により開閉することにより、上部の濾体の濾室を通じて空気が誘導管に流入するのを阻止する作用効果を有し、これによって右第二の目的を達成しようとしたものであって、それ以外に特別の作用効果をもたせようとしたものともみられないところ、被告製品のバルブは、本件考案における弁体のように、油抜孔を直接開閉させるものではないが、被告製品における前記(D)'の構成も、バルブにより上部の濾体の濾室から透孔(油抜孔)を通じて空気が誘導管に流入するのを阻止する作用効果を有する点では本件考案における(D)の構成と同様であり、これがその他の構成と相まって、本件考案における右第二の目的と同一の目的を遂げうるものであることは明らかであり、また、右(D)'の構成も本件考案における(D)の構成から当業者であれば当然想到しうる範囲を出ないものということができるから、被告製品における右(D)'の構成は、本件考案における(D)の構成と均等というべきものである。
以上によれば、被告製品は、本件考案の対象である液体濾過機であって、本件考案の(A)及び(B)の構成要件を充足する構成及び(C)及び(D)と均等の構成を有するものであり、全体として本件考案の均等物であるということができるから、被告製品を業として製造し、譲渡し、貸し渡し、譲渡もしくは貸渡しのため展示することは、本件実用新案権の侵害になるものといわなければならない。
六 ところで、被控訴人は、被控訴人が、本件考案の内容を知らないで自ら被告製品を考案し、本件実用新案出願前の昭和四七年四月ごろから、その製造販売事業の準備を始め、同年七月四日から被告製品を製造販売し始め、以後その事業を継続して来たから、本件実用新案権につき先使用による通常実施権を有する旨主張するので、この点について検討する。
原審における被控訴会社代表者尋問における供述中には、被控訴会社代表者は、昭和四六年ごろ、被告製品についての構想を持ち、昭和四七年には被控訴会社においてその試作品、設計図を作り、後にこれを改良して、昭和四八年六月二六日にはその設計図である乙第六、七号証を作った、右設計図にあるものは、三段式濾過機で、上二段の濾室から下側の管に、最下部の濾室からは上側の管に連絡されており、いずれも真空ポンプで吸引されるようになっており、右上側及び下側の各管にはそれぞれバルブがついていて、別個に閉止できるようになっていた、被控訴会社代表者は、右濾過機について実用新案登録出願をしたが、その公開実用新案公報が乙第二、三号証である、旨の供述部分があり、右乙第六、七号証には、ほぼ右供述のとおりの構成を有するとみられる濾過機が図示され、乙第六号証には「Jnne 26 '73」との記載が認められる。しかしながら、《証拠省略》と対比すると、被控訴会社代表者の前記供述及び乙第六、七号証の前記記載中少なくとも、被控訴会社が、本件実用新案の登録出願前に上下多段の濾室を備え、最下位の濾室とそれ以外の濾室とをそれぞれ導管によって真空ポンプに連結し、最下位以外の濾室と通ずる管にはこれを閉止するバルブを設けた濾過機の試作ないしは図面製作をしたとの事実に関する部分は、にわかに採用できず、他にも、被控訴会社が、右供述にかかる濾過機その他被告製品ないしはこれと実質上同一の濾過機につき、製造、販売等の事業ないしはその準備をしていたことを認めるに足る証拠はないから、被控訴人の前記主張は、これを採用することができない。
七 そこで、被控訴人の前記侵害行為により控訴人の被った損害の額について考えるに、《証拠省略》によれば、被控訴人が控訴人主張のころ合計五四台の被告製品を製造、販売したこと、被告製造の製造原価が一台につき多くとも金八七万四四六九円であり、被控訴人によるその卸売価格が金一五二万六〇〇〇円であることが認められ、右事実によれば、被控訴人は右製造販売により、少なくとも合計金三五一八万二六七四円の利益を得ているものというべきところ、実用新案法第二九条第一項によれば、右利益の額は控訴人の被った損害の額と推定される。右金額をこえて控訴人が損害を被ったことを認めるに足る証拠はない。
八 そして、被控訴人が、被告製品につき製造、譲渡等控訴人主張の行為をしていることは当事者間に争いがなく、また、このことから、被控訴人が控訴人主張の場所において被告製品の完成品を所持していることは推認するに難くないから、被控訴人に対し、本件実用新案権に基づきその侵害となる被控訴人の前記行為の差し止め及び前記完成品の廃業を求め、前記損害金のうち金一〇〇〇万円及びこれに対する準備書面陳述による催告の日の翌日であることが記録により明らかな昭和五四年九月二〇日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める控訴人の本訴請求は、正当としてこれを認容すべきものである。
九 したがって、控訴人の本訴請求を棄却した原判決は相当でないから、これを取り消し、控訴人の請求を認容することとし、訴訟費用は民事訴訟法第九六条、第八九条により、第一、二審とも被控訴人の負担として、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高林克巳 裁判官 楠賢二 杉山伸顕)
<以下省略>